『銀の匙』の決意 前編

金曜日。クラスマッチの日の朝、学校の前の坂道の手前。バスの中で読み終わりました。

銀の匙 (角川文庫)

銀の匙 (角川文庫)

中勘助さんの、銀の匙

明林堂の手描きのPOPを信用して、そして、高校生の間に、家での時間を費やしてでも読んでおきたい、そんな予感を胸に、手に取りましたが。

ああ、間違ってなかった、って、思いました。

中学校で、硝子戸の中を読んだ時と似ていて、それでも、少し違う。

でも、今、読んで、良かった。間違ってなかった、っていう感覚は、同じ。

今回は、自分で見つけた本だったというのが、尚更嬉しい。



この自伝的小説を、どんな小説、って、ジャンルで説明するのは、難しい。

恋、愛情、思春期、反抗期・・・なんと言ったものだろう。

でもね、例えるなら、そう、匙のようなやさしい銀色だと思う。

描写が、独特で、綺麗。澄んでいる、とは、少し違う。
やっぱり、銀色。
あくまでも、私の中では。


ああ、感想にするのが、難しい。
もどかしい。でも、これは読んで、感覚的に胸にすとん、と落ちた感じ。


印象が強かったのが、ずっと小さい頃から、病弱な主人公を可愛がってくれた、伯母さん。

信仰心厚く、何度も神様や仏様にまつわる描写が出てくるのだけれど。
それは、単なる信仰心ではなくて、主人公へのまぎれもない愛情につながっている。
後編の十六の、老いた、伯母さんと、主人公の1日のシーンは、何とも言えなかった。
現代はもうちょっと形が違うのだろうけれど。
それでも、やっぱり、いつの時代も、誰かを見送る時が来るのだと。
まだ会えていない、曾祖母を、思い出した。


そして、好きだったのは、後編の十四、十五の老僧の話も、何とも言えず、胸を打たれた。

離れのまえには老僧の日蔵の牡丹の古木があり淡紅のひとえの花びらに芳しい息をふくんでふくらかに花をひらく。
そこは狭い中庭をあいだに母屋とは弓なりの橋ひとつをへだてて、日あたりのいい縁のしたには秋海棠(しゅうかいどう)のひとり生えがしげり、むかって左の端には青桐、右の端にははくうん木が涼しい陰を作っていた。
七十七になる老僧はそこにとじこもって朝夕の看経(かんきん)のほかにはもの音もたてない。
私たちはただいつとはなしに隙(ひま)をもれてくる薫物(たきもの)のかおりによってそこに石のごとくにしずまりかえった人のいることを知るばかりであった。
どうかすると老僧は茶がほしいときに蜩(ひぐらし)の鳴くような音のする鈴をならすことがあった。
それでもききつける者がいなければ鉢の子のように茶わんを手にうけとことこと橋をわたって自分で茶をいれてゆく。
また時たま仏事によばれて頭巾をあみだにかぶり、片手に数珠、片手に杖をついてとぼとぼと歩いてゆく姿をみる者はこの見すぼらしい坊さんがなにかのときには緋の法衣(ころも)をきる人だと思う者はなかった。
まことにこの老僧は人間の世界とは橋ひとつをへだてて世のなかには夏になれば牡丹がさくということのほかなんにも知らないかのように寂寞(じゃくまく)と行ないすましている。
私はいつしか子供心に老僧を敬う年をおこしどうかしてこの人にすがりたいと思いはじめた。

この説明のとこでもう惹かれてしまった。

この老僧が、一度、この主人公に、絵を描いてあげるシーンがあって、それも良い。

老僧は大きな硯をもちだして墨をすらせ、筆をとってさらさらとへちまの絵をかいた。
一枚の葉と、一本のつると、一つのへちまと。
そのうえへ 世のなかをなんのへちまと思えどもぶらりとしてはくらされもせず とかいて、急須みたいな書き判をしてとみこうみしてたが、不意にからからと笑って
「さあ、これをあげるであちらへもっておいで」
といって硯を棚になせ、筆を洗い、さっさと金剛座へ帰ってもとの石仏になってしまった。

このへちまの歌が良いなあ、と思うのだが、何とも意味は掴めない。
調べたら「働かねば生きてゆけない」という解釈をしているサイトに出会ったのですが、それでは老僧の生き様とぶれてしまう気がして。

個人的にはそんなに力をいれずとも良いよ、って言われたような気が勝手にしました。

実際はどうかわからないですが。

作者の意図も知りたいですが、人それぞれな解釈も面白そうだなあ、と思いつつ。



とにかく、感想っていう感想は述べれませんでしたが。
素敵な本。

読んで良かった。

若い内に読むといい、という意見もあるみたいで、私も実際読み終わった時そう思いましたが、大きくなって読むと、また違う気がします。


とても、素敵でした。


忘れられぬ、大切な本の、ひとつとなりました。

小学校、中学校の時には先生に恵まれていたので、担任の先生(例の文化祭に来て下さった先生)や、国語の先生に良い本との出会いがあったのだ、と報告したものだけれど。
最近は父ぐらいだな、と。ちょっとしみじみ。
先生に手紙でも書いてみようか。


後編は内容が異なるので。
わけますね。


では、ひとまず、野火でした。