春の庭

心を入れ替えて更新する、と思ったのものの1月は3週間目からテストが始まる、という状態で、ようやく終わって春休み。
1年立った、って実感するのが不思議なぐらい、目まぐるしく、でも楽しく、その実ゆったりしていたような大学一年生。

テスト前の最後の授業で、今年退任なさる先生が「本居春庭」の話をして下さった。

本居宣長の長男で、日本で初めて国語の活用表を作った、という方。
その話が何だか不思議で。
その偉大な本『やちまた』を出した時に春庭はとうに失明していた、という。

ではどのようにして?という話になった際に、父である宣長の補助として様々な知識を幼少から詰め込んでいたことや、妹が手伝ったこと、妻が手伝ったこと、弟子が手伝ったこと。
また、宣長はずっと期待していた長男春庭が失明しても、彼に家督を継がせる気でいたのだけれど、春庭自身が失明した身では、とそれを拒み、結果長らくの弟子を養子として家督を継がせたのだけれど、その本居大平がこれまた尽力してくれたのだとか。

天地明察』みたいでわくわくして聞いてしまって。
その授業の後、息を切らせて先生にびっくりされながら「本居春庭の話が聞きたいです」と研究室に押し掛けた。

資料は国語学史的なものしかないよ、と言いながら図書館にあるめぼしい資料の名前を教えて下さったり。
『やちまた』の一部の資料や春庭の簡易年表のコピーを上げましょう、と快く下さったり。(しかも私はまたコピーしますから、と先生の手元にあった資料の元を頂いてしまった。)

それから、広島出身です、というと、子供の頃の広島での思い出を語って下さったりして。
とてもゆるやかに、やさしい時間だった。

その先生の授業は、私は後期からの必修授業からしかなくて。
何で、出会って半年もしないうちに退任なんだろう、せめて、前期からお会い出来ていれば、と思わずにいられない素敵な先生で。

「うちの大学は、小さいし知名度もないけれど、日本文という分野で言えば、これだけ多方面に先生が揃っている大学はめったにない。ここでしっかり勉強すれば、東大に行って何となく4年間過ごすよりも良いものが得られますよ。」
と仰る一方で、中々来ない方が居る、という話をすれば
「やっぱり何らかの形で来れなくなる人は居ますよ。不本意にこの大学に来た人も居ますしね。でも、何かの拍子に来れるようになったりもするし、それぞれのペースでいいんですよ。」
とにこやかに、穏やかに仰る先生。

テスト最終日に研究室にお邪魔しても居られなかったので、春休み初日に先生の研究室にお邪魔すると、丁度チューターグループの会合直前だったようで、快く迎え入れて下さった挙句に、チューターのメンバーと一緒にお茶を淹れて下さった。


ああ、と言いながら迎えて下さって、奥から分厚い本を持ってきて下さって。

「これ、読みますか?」

と差し出して下さったのが『やちまた』。思わず、「読みます」と即答してしまった。

では貸してあげましょう、とあっさりと貸して下さったのだけれど、どうすれば、と困惑していると、「読み終わったらそうですね、郵送して貰いましょうか」と、サラサラと住所を書いて下さって。
「卒業までにゆっくり読んで、送ってください。」とのこと。

何だか、すごく嬉しいのと、寂しいのと、やっぱり嬉しいのと。
本居春庭」のことを覚えていて下さっていたこと。もう退任されるから縁遠いものになると諦めていたところが、ふいに繋がったこと。
上手く言えないけれど、そういったことが、たまらなくて。

ああ、幸せだなあ、って。


中々本が読めなくなってしまったけれど、それでも、ゆっくり、ちゃんと。
じっくり読んで、郵送とは言わず、先生の元を訪ねれたらいい、と密かに野心を抱いている。


自分から動くのは得意ではないけれど、何かしら行動を起こせば、こうして繋がるものがある。

自分のペースで、一日一日、大切に生きて行こう。


野火でした。