今週のお題「おすすめの本」

“燈火親しむ”という言葉をご存知でしょうか。
“灯火親しむ”という書き方が一般的やもしれません。

先日文芸部の俳句、短歌作成の為調べた秋の季語で始めて知りました。
聞いたことなかったのですが、一般俳句なんかを見てても多いので、よく知られた言葉なのかしらん、と。

意味合いとしては「読書の秋」と同じ感じだとか。
涼しくなり、夜が長い秋こそ読書に適した季節である、という唐の時代の漢詩家、韓愈(かんゆ)の詩に由来しているのだそうで。
洒落た素敵な言い回し。

さて、そんな“燈火親しむ”(私は“燈”という文字が大好きなのです)今日この頃。
また“燈火親しむべし”、今週のお題は「おすすめの本」だとか。
久しぶりにチャレンジしてみようかと思ったのです、が。

好きな本はいっぱいあってどうしよう・・・という感じ。
そしておすすめする本となればまた・・・。

迷った結果。

中学校卒業前に読んで、大変感銘を受けた本を。
そろそろ、夏が終わって、部活を引退された方も多いのでは、と気付かされる素敵なブログに出会えたこともあり。
同じように、受験忙しくなる前に読む方があれば素敵だと、思うところもあり。
そして何だか困難に直面してばかりのこの今だから読む方があれば、と思うところもあり。

さてずるずると引きずり、つまるところ何かと申しますと。

夏目漱石さんの「硝子戸の中

硝子戸の中 (新潮文庫)

硝子戸の中 (新潮文庫)

夏目漱石さんの作品完全読破・・・などしていない私がいうのはどうかという感じですが、それでも私は、少なくとも今の所、夏目漱石さんの作品で1番好きな作品。

“中”と書いて“うち”と読みます。

話は主人公・・・おそらく、夏目漱石さん当人。その人が書斎の硝子戸から外を眺める・・・といった暮らしの中で、思うことを徒然と語る随想集。
淡々としてて、短いですが、それでも心動かされる言葉が散りばめられているように思います。

“生きる”ということは一体何ぞや。という問いではなくて、“生きている”ということそのものを感じる話・・・と個人的には思ったのだけれど、人によっては違うものがあるのかもしれない。

1番心を打たれた台詞、そしてシーンがこれ。

「もう十一時だから御帰りなさい」と私は仕舞いに女に云った。女は厭(いや)な顔もせずに立ち上った。私は又「世が更けたから送って行って上げましょう」と云って、女とともに沓脱(くつぬぎ)に下りた。
その時美しい月が静かな夜を残る隈なく照していた。往来へ出ると、ひっそりした土の上にひびく下駄の音はまるで聞こえなかった。
私は懐手をしたまま防止も被らずに女の後に跟いて行った。曲がり角の所で女は一瞬会釈して、「先生に送って頂いては勿体のう御座います」と云った。「勿体ない訳がありません。同じ人間です」と私は答えた。
次の曲がり角へ来たとき女は「先生に送って頂くのは光栄で御座います」と又云った。私は「本当に光栄と思いますか」と真面目に尋ねた。女は簡単に「思います」とはっきり答えた。私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と云った。私は女がこの言葉をどう解釈したかしらない。私はそれから一丁ばかり行って、又宅(うち)の方へ引き返したのである。

この女の人は、生きるか死ぬかで迷っている・・・という告白をした人物である。

私は女が今広い世間(せかい)の中にたった一人立って、一寸も身動きの出来ない位置にいる事を知っていた。

そういう状況の人に向かって放つ言葉が、これ。

さりげないようで、それでもはっきりと胸にくるものがあって。

“生きる”“生きている”“生きてゆく”

難しいことだけれど。

そういうものの、道標のひとつとなれば良いと思う。

私にとってこの本がそうだったように。


燈火親しむ今日この頃。何かに終止符を打つ人が居るこの頃。

おすすめの本、「硝子戸の中」。